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札幌地方裁判所 昭和45年(モ)1870号 判決

申立人 村川礼子

右訴訟代理人弁護士 水原清之

被申立人 佐藤みどり

〈ほか三名〉

右四名訴訟代理人弁護士 大島治一郎

主文

札幌地方裁判所が昭和四五年(ヨ)第三四二号仮処分申請事件について同年七月八日にした仮処分決定中、申立人に対し別紙目録記載の不動産に抵当権を設定することを禁止した部分は、申立人において金一八〇万円の保証を立てることを条件としてこれを取り消す。

申立人のその余の申立を却下する。

訴訟費用はこれを二分し、その一を申立人の負担とし、その余を被申立人らの負担とする。

第一項にかぎり、仮に執行することができる。

事実

申立人訴訟代理人は、「札幌地方裁判所が昭和四五年(ヨ)第三四二号仮処分申請事件について同年七月八日にした仮処分決定は、申立人において保証を立てることを条件として取り消す。訴訟費用は、被申立人らの負担とする。」との判決ならびに仮執行の宣言を求め、

申立の理由として、

一  札幌地方裁判所は、昭和四五年七月八日被申立人らの申請による申立の趣旨記載の仮処分申請事件について、申立人に対し、別紙目録記載の不動産(以下本件土地という。)の譲渡質権・抵当権・賃借権の設定その他一切の処分を禁止する旨の仮処分決定をした。

二  しかし、申立人には右仮処分決定を取り消すべき特別の事情が存在する。

1  本件土地は、もと訴外佐藤政吉の所有であったが、同人が昭和四〇年三月死亡したため被申立人らが共同してこれを相続した。申立人は、当時生活に困っていた被申立人らから本件土地を買い受けたが、被申立人みどりとその亡夫政吉の親族との関係もあったため、右売買は賃貸借の形式をとり、代金は被申立人らの生活費の不足分に見合う月額金二万五〇〇〇円ずつを賃料名義で一〇年間支払うことにし、昭和四〇年五月二二日からその支払いを続けている。

申立人は、昭和四一年六月被申立人らから、本件土地と一筆になっていた残部の六〇坪も買い受けたので、その際本件土地を含めて所有権移転登記を経由した。また、申立人は、昭和四四年一二月被申立人らの要求を容れて本件土地の売買代金の支払い期間を八年に短縮し、同月八日被申立人らに前記金員の二年分に相当する金六〇万円を支払ったが、その際被申立人らは、申立人に対し、本件土地を以後どのように処分しても一切異議は申立てない旨約束した。

ところが、被申立人らは、最近に至り、本件土地を申立人に売り渡したことはなく単に賃貸しているにすぎないから更に代金相当額を支払うよう請求し、遂に前記の仮処分に及んだのである。

右の事情によれば、被申立人らの本件仮処分によって保全される権利が本件土地の所有権であることは明らかであり、しかも、右被保全権利は金銭的補償によって終局の目的が達せられるものである。

2  申立人は、本件土地を含む真駒内一七番地の三二において雑貨商を営んで生計をたてていたものであるが、今般、本件土地が札幌市の土地区画整理事業による仮換地の指定をうけたため、現在仮換地上に他と共同してビルディングを建築中である。そして、申立人は、右共同ビルの建築に当り、札幌市のあっせんで住宅金融公庫から金一二九八万円の借入れを予定し、本件土地に抵当権を設定することになった。ところで、本件仮処分がこのまま維持されると、申立人は右融資を受けられず、共同ビルの建築が遅れて申立人の営業が不能になるばかりでなく他の共同建築者にも損害が及ぶおそれがある。

右の事情によって、申立人には本件仮処分によって通常受ける損害よりも多大の損害を受ける事情があるのである。

と述べ(た。)

疎明≪省略≫

被申立人ら訴訟代理人は、「本件申立を却下する。訴訟費用は申立人の負担とする。」との判決を求め、

申立の理由に対する答弁として、

一  第一項記載の事実は認める。

二1  第二項の1記載の事実中、本件土地がもと訴外政吉の所有であり、同人の死亡によって被申立人らがこれを相続したこと、被申立人らが昭和四〇年五月二二日以降申立人から毎月金二万五〇〇〇円ずつの支払いを受けていること、申立人がその主張のころ、本件土地と一筆になっていた六〇坪の土地を被申立人らから買い受けて本件土地とともに所有権移転登記を経由したことおよび、申立人がその主張のころ被申立人らに金六〇万円を支払ったことは認めるが、その余は否認する。本件土地は、被申立人らの所有であって申立人はこれを賃借しているにすぎず、右金員はいずれもその賃料である。申立人が登記簿上の所有名義人になっているのは、当時申立人が銀行融資を受けられないで苦境に立たされているのに同情した被申立人らが、申立人に対し形式的に所有名義人になることを承諾したからである。

2  第二項の2記載の事実中、申立人が本件土地を含む真駒内一七番三二において雑貨商を営んで生計をたてていることおよび、本件土地について申立人主張の仮換地の指定があったことは認めるが、その余はすべて否認する。仮換地上の共同ビルは札幌市の建設事業であって申立人の出捐がなければその工事が進行しないものではないし、また、申立人が共同ビルに入居するに当り、ビル建築の負担金としてその主張のような借入れが必要だとしても、それは本件土地とは無関係のことである。更に、本件土地に申立人主張のような多額の債務を担保する抵当権が設定されるときは、本件土地は無価値のものとなって被申立人らの本件仮処分の目的は全く失われるから、被申立人らが本案訴訟で勝訴して本件土地の所有権移転登記をえたとしても、もはや償うことのできない損害を受けたことになる。

と述べ(た。)

疎明≪省略≫

理由

一  被申立人らから申立人に対する主文掲記の仮処分申請事件について、札幌地方裁判所が昭和四五年七月八日申立人主張のような仮処分決定をしたことは、当事者間に争いがない。そして、右仮処分申請書によれば、同申請の理由の要旨は、「被申立人らは、本件土地を共有しているが、昭和四一年六月二一日申立人に対し、札幌市真駒内一七番三二雑種地一二九坪のうち六〇坪を売り渡した際、申立人に対し、本件土地についても右六〇坪と併せて所有権移転登記をすることを承諾し、同年一一月二一日にその旨の登記を了した。被申立人らが右のように本件土地の移転登記をも承諾したのは、本件土地は一〇年後には申立人に売り渡す約束で賃貸していたし、かつ、申立人から銀行融資を受ける便宜上そうしてくれるよう懇請されたからである。ところが申立人は、最近に至り、本件土地の所有名義人になっているのを奇貨としてこれを自己の所有地であると主張し、市街地区整理事業による換地処分を受け、本件土地を他に売却又は担保に供しようとしている。そこで被申立人らは、本件土地について所有権移転登記請求の本訴を準備中であるが、その執行を保全するため本件土地の処分を禁止する旨の仮処分を求める。」というのであり、また、≪証拠省略≫によれば、本件土地は、昭和四五年七月二三日もとの「札幌市豊平町真駒内一七番三二雑種地二八七平方メートル」から「札幌市真駒内一七番五六一雑種地九九平方メートル」に分筆登記されたことが認められる。

二  そこで、申立人主張の特別事情の存否について判断する。

1  前記の本件仮処分申請の理由によると、本件仮処分のいわゆる被保全権利は、被申立人らの本件土地に対する所有権に基づく登記請求権であると解されるから、それは金銭的補償では終局の満足がえられないものと解すべき余地が少くはない。しかしながら、被申立人らが申立人に対し、本件土地を一〇年後に売り渡す旨約していることは、前記仮処分申請の理由中で被申立人らが自ら主張しているところであり、しかも、申立人が被申立人らに対し、昭和四〇年五月二二日から本件土地について一ヶ月金二万五〇〇〇円ずつの支払いを続けていること、申立人が昭和四四年一二月八日被申立人らに対し右金額の二ヶ年分に相当する金六〇万円を支払っていることおよび、申立人が本件土地を含む地上で雑貨商を営んでいることは当事者間に争いがない。これらの事実によると、仮に、申立人と被申立人ら間の本件土地についての契約が、被申立人らが主張するように一〇年後には本件土地を申立人に売り渡すがそれまでは賃貸するにすぎない趣旨のものであったとしても、右一〇年の始期は昭和四〇年五月二二日であると推認されるうえ、その期間も前記の金六〇万円の授受がされたころ当事者間で八年間に短縮されたものと一応認められ、この認定に反する疎明はない。そうすると、被申立人らは、遅くとも昭和四八年五月末には右期限が到来して本件土地を申立人に売り渡さなければならないし、しかもそれまでの間も、被申立人らが本件土地を自ら使用することは特別の事情が生じないかぎり賃貸人としての立場上許されないわけである。このような事情の下においては、被申立人らの前記被保全権利は、結局本件土地の財産的価値に還元することができるものと解されるから、従ってそれは、金銭的補償によって終局の目的を達しうるものということができる。

2  申立人が本件土地を含む場所で雑貨商を営んで生計をたてていることは当事者間に争いがない。そして≪証拠省略≫を総合すると、申立人は、昭和四五年四月一一日付の書面で札幌市長から、札幌都市計画真駒内本町土地区画整理事業の施行地区内にある本件土地について効力発生日を同年五月一日とする仮換地指定の通知をうけたところから、その仮換地として指定された同市真駒内街区番号七符号一七の三二、二七二平方メートルの土地を含む地上に札幌振興公社が建築する共同店舗兼住宅用ビルに、申立人と同じく仮換地の指定をうけたほか三名の者らとともに入居することになったことおよび、申立人は、右入居のための負担金として、住宅金融公庫から一〇年間の分割返済の約で金一二九八万四〇〇〇円の借入れが必要となり、その借入れをするためには、本件土地を含む申立人所有の土地および建物等に抵当権を設定しなければならない必要に迫られていることが一応認められる。≪証拠判断省略≫そうすると、申立人は、本件仮処分が維持されると、その生計をたてる方途についてのこれまでの方針をすべて放てきして新たな方策を考えなければならない破目に陥ることになるから、右仮処分をそのまま維持することは申立人に対し過大な損害を与えるものということができる。

3  右の事情によって、申立人には、本件仮処分中少くとも本件土地に抵当権を設定することを禁止した部分については、これを取り消すべき特別の事情があるというべきである。

三  ≪証拠省略≫を総合すると、本件土地の仮換地として指定された前記二七二平方メートルの土地付近の地価は、現在高くとも一平方メートル当り金一万八二〇〇円(一坪当り約六万円を)超えないものと一応認められ、この認定をくつがえすに足りる疎明はない。そうすると、仮に、申立人が本件土地についてこれまでに支払って来た金員や換地処分の減歩率等をすべて除外して被申立人らが将来換地処分の確定によって現在の仮換地上に本件土地と同面積の土地所有権を有すべきものとし、しかもこの権利が本件仮処分の一部取消しによって失われる結果になるとしても、その損害額が金一八一万円を超えないことは計算上明らかである。この事実と、本件に現われた一切の事情とを考慮し、本件仮処分の一部を取り消すための条件として申立人に立てさせるべき保証の額は、金一八〇万円が相当であると認める。

四  以上によって、申立人の本件申立は、前記抵当権の設定処分を禁止した部分の取消しを求める限度で理由があるのでこれを認容し、その余については特別事情の疎明がないからこれを失当として却下し、訴訟費用の負担につき民訴法第八九条・第九二条本文・仮執行宣言につき同法第七五六条の二の規定を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 羽石大)

〈以下省略〉

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